パラレル化した「ひぐらしのなく頃に祭」(軽いネタバレを含みます)

まだ全部やった訳ではないので滅多な事は書けないのですが、現時点で言える事を少し。
「ひぐらしのなく頃に祭」が失ったもの | なつみかん。

絵の下手さや背景が完全に絵になったことで怖さが失われた、という事ですね。まったく同感です。「かまいたちの夜」をスーファミで始めてプレイしたとき怖かったもんなあ。

しかし僕は何が一番まずいかというと、やっぱり選択肢だったのではないかと思うのです。

選択肢は多世界を作り上げます、所謂パラレルです。こういう世界観というのはサウンドノベルでは良くあることです。選択肢を選ぶことは世界が分岐すると言うことです。もちろん僕たちの世界でも因果点というものが存在すると考えることも出来ますが、分岐した世界の自分には、選択されなかった世界を見ることは出来ません。しかしノベルゲームはそれを全て見る神の視点がプレイヤーに与えられるわけですね。世界が分岐するのではなく分裂する。(これもまた「ひぐらしのなく頃に礼」のテーマであります。)

では、ひぐらしはそういったノベルゲームと同じ構造かというと実は全く違うんです。ノベルゲームでは選択した世界としなかった世界は同時に存在することになりますね。これを並行世界といいますが、実はひぐらしは並行世界ではない。一つ世界が存在している横には、他に世界は存在しません(「礼」は例外です)。多世界ではあるのだけど実際は僕たちが通常感じている時間軸と変わらないあり方として世界がある。観測しているのが人間だからかもしれません。例えて言うならば映画のフィルムの1コマがひぐらしの1章に当たるわけです。それが終われば2章、それが終われば3章という風に進んでゆく。その証拠に、一度他の章で解決された問題は次の章では出てきません。加えて世界をリプレイする回数は限られている。

ひぐらしがゲームの体裁をとらずしてゲームたりえたのは、実はそこにミソがあります。最もヒントの少ない第1章から始まり、章を増すごとにヒントが累積されていきます。人はそれぞれの世界のヒントを合わせて答えを推理する。もちろん早く真相に気づくことが出来たらゲーマーとして優秀だといえるわけです。ひぐらしは推理風ホラーとかいう謎の位置づけになっていますが、やっぱり謎や推理という要素はひぐらしを楽しませる大きなギミックです。

ところが順々に与えられるべきヒントがごちゃごちゃになっている。例えば園崎家についての説明がないままに、園崎家の影響力がどうこうとか言われたりする。「綿流し編」の最後に出てくる梨花ちゃまが持っていた注射器は、「鬼隠し編」のラストがなければキーとして弱くなります。

ひぐらしのなく頃に」の各章には前章の流れをついでシナリオが書かれます。例えば「鬼隠し」で最後にレナたちが「監督」の存在をほのめかす発言をし、「祟殺し」で監督と呼ばれる人物が登場する。「えっ、監督ってまさかあの監督!?」とプレイヤーは思うわけです。

もちろんPS2版にも順番はあるのだけどね。最初っから最後のシナリオに行くのは不可能らしいけど、でもそれだったらちょっと自由度を持たせようとした意味がよく分からないんですよ。さすがにPS2でゲームの体裁をとらないのはまずいと思ったのでしょうか。

ていうか一番分からないのは「盥回し編」の存在理由です。あれを何故第1章という位置づけにしたのか。必要性もクオリティも謎でしたね、あのシナリオは。

まあ他の2編に期待するしかないですね。滅多な事を書かないといいつつ書いてしまっているような。

まあとにかく原作が並行世界ではないことを意識的に書いているのは明白なのに、それを選択肢を導入して並行世界にしてしまったのは問題なのではないかと思った次第。それを納得させてくれるようなPS2版の粋なドンデン返しがある事を期待してプレイ続行します。